40代で、次の仕事を決めずに会社を辞めたい。しばらく暮らせるだけのお金はあっても、「毎日やることがなくならないか」「人と話さなくならないか」「本当に時間を使えるのか」は、通帳を見ても分かりません。
私は44歳で、次を決めずに会社を辞めました。退職して二週間ほどたった今、明日食べるものより先に困ったのは、自由な時間を思ったほど使えていないことでした。
妻を仕事へ送ったあと、ソファに寝転がってXを開く。そのまま気づけば午前中が終わっている。
そんな小さな罪悪感があります。時間はできました。でも、会社員の頃に想像していたほど、やりたかったことは進んでいません。
この記事は、多少の資金余力はあるものの、40代で次を決めずに辞めた後の暇、孤立、生活の区切り、肩書の喪失が怖い方へ、会社を離れて二週間の私に起きたズレと、お金以外に考えておきたいことをまとめたものです。
私は妻と暮らしているため、特に独身の方とは生活条件が同じではありません。それでも、退職後は仕事を通じた直接のやり取りが一気に減りました。独身なら必ず孤独になるとは言えませんが、人との接点を会社へ任せていた部分が消えることは、私にも起きています。
まだ答えの出た成功談ではありません。次に何を試すかを決めた段階の記録です。
次を決めずに辞めたら、積んだゲームもブログも進むと思っていた
会社を辞める前は、時間ができたらドラゴンクエストやファイナルファンタジーを最初から遊び直そうと思っていました。見逃した作品をやり、途中で止まったゲームも再開する。会社へ行かなくてよくなれば、いくらでもできるはずでした。
ブログも同じです。会社員の仕事がなくなれば、もっと集中して書ける。やりたかったことが一気に進む生活を、わりと素直に想像していました。
実際に手に入ったのは、誰にも急かされない時間です。そして、誰にも急かされない私は、思ったほど動きませんでした。
やりたかったRPGより、DQXのアイテム集めをしている
今よくやっているのは、ドラゴンクエストXのアイテム集めです。新しい物語へ入り込むより、あまり頭を使わずにできる作業を選んでいます。
ゲームをする時間がないわけではありません。遊ぶゲームもあります。それなのに、退職前に思い描いていた「名作をじっくり遊び直す生活」にはなっていません。
私は、疲れ切って何もできないというより、「まだ何かやらなければ」が頭に残っていて、遊ぶことにも集中できていない感覚があります。休むなら休めばいいのに、休んでいると少し焦る。かといって、その焦りで大仕事が進むわけでもない。なかなか器用です。悪い意味で。
約1か月で20本超を書いても、進んでいない気がする
では、ブログが完全に止まっているのかというと、そうでもありません。立ち上げから約1か月で、記事は20本を超えました。
数字だけ見れば、何もしていない人ではないはずです。ただ、私はゴールから逆算して計画どおりに進めるより、思いついたことを形にしながら方向を見つけるタイプです。書くうちにブログの向きは少しずつ見えてきましたが、自分の中では「ちゃんと前へ進んだ」という感覚が弱い。
ここには、実際の作業量と、自分が感じる進捗のズレがあります。成果がゼロだから落ち着かないのではなく、何をもって進んだとするかが曖昧だから、20本を超えても足りない気がするのだと思います。
私には、自由だけで動けるほど立派な自己管理能力がなかった
振り返れば、これは退職後に急に始まった話でもありません。
私は昔から、計画的な自己管理が得意ではありませんでした。夏休みの宿題は最後まで先送りし、追い込まれてから一気に終わらせる。体重もBMIでいえば27〜28あたりを行き来し、管理できているとは言いにくい状態でした。
締切かライバルがいると動きやすい
期限がある。競う相手がいる。気になることが一つできる。そういう条件があると、急に動けます。逆に、期限も比較相手もなく、何をやってもいい状態では、選択肢の多さに負けやすい。
会社員時代は、始業時間、締切、相手の都合が勝手に一日の形を作っていました。嫌だった制約ですが、その一部は行動のスイッチにもなっていたようです。制約を全部外したら、私の優秀な自己管理機能が起動する。そんな機能は、そもそも搭載されていませんでした。
完全FIREではないから、休むことにも集中できない
私は、もう一生働かなくていい状態ではありません。収入は必要です。時間を切り売りする働き方より、記事のように後からも読まれるストック型の収入を作りたい。その中心が今はブログで、将来は有料noteも選択肢にあります。
だから、退職後の二週間は完全なFIRE生活ではありません。「仕事がない状態」の一部を試しているだけです。収入を作る課題が残っている以上、何もしない時間にも「まだやることがある」がついてきます。
仮に私に5,000万円があり、本当に経済的な不安が小さければ、もっとゲームへ時間を使い、ジムへ行き、違う暮らし方をしていたかもしれません。これは私個人の仮定であって、5,000万円がFIREの基準だという話でも、今の資産額を示す話でもありません。
退職後の過ごし方を考えるときは、「時間があるか」だけでなく、「お金の心配をどれだけ抱えた時間なのか」も分けて考えた方がよさそうです。
それでも、会社を辞めたことは後悔していない
思ったほど動けていないからといって、会社を辞めた判断まで間違いだったとは思いません。
会社員の頃は、月曜日が憂うつでした。木曜日の夕方には週末を待ち、金曜日に終わらなかった仕事はそのまま頭の中へ持ち帰る。休日でも、未完了の仕事が後ろに立っている感じがありました。
今は、その連続した負担から完全に離れています。これはかなり大きい。仕事そのものを否定したいわけではなく、別の職場や働き方なら続けられた可能性もあります。それでも、以前の状態から解放されたことに後悔はありません。
自由になった結果、新しい課題が見えました。しかし、自分では動かせなかった仕事の負担と、自分で調整できる今の課題は別物です。前者から離れたからこそ、後者を考えられるようになったとも言えます。
私の場合、管理職の肩書がなくなったこと自体は気になりませんでした。ただ、肩書を手放すことと、一日の予定や人との接点まで消えることは別です。怖かったのは「元管理職でなくなること」より、自由になった自分が思ったほど動かないことでした。
退職12日目には、人間関係と肩書が減り、気持ちが「マイナスからゼロに戻った」と書きました。そこからさらに数日たって、ゼロになれば自動でプラスへ進むわけではないと分かってきました。
40代で次を決めずに辞める前に、お金以外で考えたい三つのこと
次を決めずに辞める準備では、生活費や資産額は外せません。ただ、二週間を過ごした私なら、お金と一緒に次の三つも考えます。
| 考えておきたいこと | 私に起きたこと | 準備の例 |
|---|---|---|
| 仕事以外で話せる相手 | 仕事由来の直接交流が大きく減った | 退職後も話せる人を一人考える |
| 1か月のテーマ | 何をしてもよく、進んだ感覚が薄い | 最初の月に試すことを一つ決める |
| 軽い締切や進捗共有 | 締切がないと先送りしやすい | 途中経過を話す相手と日を決める |
予定をびっしり埋める必要はありません。会社の窮屈さから離れたのに、今度は自分で別の会社を作るような生活にしたら、何のために辞めたのか分からなくなります。
必要なのは、自由を消すほどの管理ではなく、自由を使いやすくする薄い枠です。会社の代わりになる大きな所属先を急いで探すのではなく、話せる人を一人、月のテーマを一つ、軽い区切りを一つで十分だと思います。
退職前に考えられるのは、やりたいことの一覧だけではありません。一人だと止まりやすいことは何か。どんな刺激があると動けるか。会社を離れた後、誰と直接話すのか。ここまで考えておけば、自由になった自分へ過剰な期待をせずに済みます。
まずXを、時間を溶かす場所から人とつながる場所へ変えてみる
今の私が次に試すのは、ブログに取り組んでいる人との直接的な交流です。これは全員にブログ仲間が必要だという話ではなく、私が選んだ実験です。
ブログを始めて約1か月、他の人の発信を読むことはあっても、直接のやり取りはほとんどありませんでした。刺激を受ける相手は画面の向こうにいても、会話をする相手はいない。この差は思ったより大きそうです。
Xは、午前中を溶かす場所にもなります。同時に、同じテーマで動く人とつながる入口にもできます。問題はXそのものではなく、私が受け身で眺めるだけになっていることです。
まずは、同じようにブログへ取り組む人へ自分から話しかけ、考えていることや途中経過をやり取りしてみます。交流したら生産性が上がると証明できたわけではありません。今の私には、軽い外部刺激と人との接点が必要ではないか、という次の仮説です。
40代で次を決めずに辞めるか迷っているなら、「自由になったら何をするか」に加えて、次の三つを一行ずつ書いてみてください。
- 仕事以外で、退職後も話せる人は誰か
- 最初の1か月は何を試す月にするか
- 誰に、いつ途中経過を話すか
自由は、会社を辞めれば手に入ります。でも、その自由を面白く使う仕組みまでは、退職届についてきません。私もまだ、その作り方を試している途中です。
