通勤時間が長い人は、生涯でどれほどの時間を移動に使うのでしょうか。
神奈川県民の生涯通勤時間は「8年分の労働時間」に匹敵する――。Yahoo!ニュースに掲載されたBUSINESS INSIDER JAPANの記事が話題になりました。
ここでいう「8年」は、通勤時間を「労働年」に換算した数字です。神奈川県の通勤時間を往復100分、年間出社日数を245日、勤続年数を40年と置くと、合計は約16,300時間。これを「1日8時間、年間245日働く」と仮定した労働時間で割ると、約8.3年分になります。人生の暦年8年とは単位が異なります。
別の見方をすると、40年分の直接労働に、通勤の約8.3年分が加わります。同じ単位にそろえた合計は約48.3年分。ざっくりいえば、40年働くために、約50年分の時間を仕事へ使う計算です。
この概算の対象は通勤時間だけです。休憩、着替え、出勤前の準備、遅延を見越して早く出る時間は計算の外側にあります。直接働く時間の外にも、仕事を成立させるための時間があります。
私はこの数字を見て、ぞっとしました。
専門学校を中退し、19歳頃からつい最近まで働いてきました。正社員として約18年、その前には派遣社員として複数の職場を経験しています。片道1時間から1時間30分ほどかかる職場へ何度も通うなかで、乗換案内に表示される往復時間以上に生活を仕事へ合わせていました。
「8年」は40年間働いた場合のモデル
試算の元になった総務省統計局の「令和3年社会生活基本調査」では、平日に通勤・通学をした人の平均時間は、神奈川県が1時間40分で全国最長でした。千葉県と東京都は1時間35分、埼玉県は1時間34分、全国平均は1時間19分です。
公的統計の項目は厳密には「通勤・通学時間」です。元記事の8.3年も、統計に年間245日、40年間という条件を加えたモデルです。自分の負担を知るには、実際の出社日数と通勤時間で計算する必要があります。
30代・40代が働き方を考えるなら、40年間の総計より、この先5年に置き換えると判断しやすくなります。往復100分、年245日出社する状態を5年続ける場合、通勤時間は約2,000時間です。
10時に着く予定が、13時30分になった日
常磐線を使っていた頃、10時頃に着く予定で出かけた日がありました。
信号トラブルで電車が遅れ、待つ人が増えて車内や駅が混雑し、その後は急病人対応も重なりました。目的地へ着いたのは13時30分頃。予定から約3時間半ずれていました。
この日の3時間半も強く記憶に残っています。それ以上に働き方へ影響したのは、似た経験が重なるたびに「今日も止まるかもしれない」と考えるようになったことでした。遅刻を避けるため、何も起きていない日まで乗換案内の時刻より早く家を出る。遅延した日の時間だけでなく、平常日に確保する余裕も通勤の負担になっていました。
東武東上線で人身事故に遭ったときは、運転が再開してからも、急行が各駅停車へ変わり、行き先や発車順も変わりました。運転再開後も帰宅時刻の見通しが何度も変わります。対応する車掌や駅員の方も相当大変そうでした。
武蔵野線が動かなかったときには、北朝霞駅で混雑による入場規制に遭い、池袋方面へ迂回して帰ったこともあります。原因については記憶が曖昧ですが、通常ルートを外れた時点で、乗換案内に表示された所要時間から大きく延びました。
乗換案内には出ない時間がある
残業が多かった頃は、仕事中にも帰りの電車やバスを気にしていました。
「この電車を逃したら、次のバスは何時だろう」
バスの本数が少なければ、その時刻に合わせて仕事を切り上げます。朝は遅延を見越して早く出る。駅での乗換待ちが日常的に発生するなら、その時間も仕事へ行くために必要です。
私が仕事のために確保していた時間を並べると、こうなります。
- 労働時間
- 休憩時間
- 通勤時間
- 遅延を見越して早く出る時間
- 日常的に発生する乗換・バス待ち
さらに、「今日も遅れるかもしれない」と考え続ける負担もありました。これは無理に分単位へ換算せず、時間とは別の判断材料として残します。
Rachel Haviv-Witman、Shani Pindek、Winny Shenが2026年に発表した通勤の予測可能性に関する研究では、通勤時間の長さを考慮したうえでも、通勤を予測しやすいほど満足度が高く、その関係には移動中の自律性の感覚が関わっていました。私が感じていた負担にも、所要時間と予測の難しさの両方が重なっていたと考えられます。
長い通勤で得ていたものもある
帰宅が遅くなると、スーパーのお惣菜に半額シールが貼られていることがありました。見たかったテレビに間に合わない日は残念でしたが、安く夕食を買えた日は少し得をした気分になったものです。
電車で本を読む人もいれば、仕事と家庭を切り替える時間として使う人もいます。長く通うことで、希望する年収や仕事内容、今の住居、家族との暮らしを守っている人もいるでしょう。
通勤時間には、小さな得や役割もあります。大切なのは、その時間と引き換えに、自分が何を得ているかです。
あなたの仕事は、本当は1日に何時間を必要としていますか?
家族、住居、収入を守ることは大切です。その条件を保ちながら次の選択を考えるために、まず直近の普通の1週間を記録してみてください。家を出た時刻から帰宅した時刻までを、次の項目に分けます。
| 確認する時間 | 記録する内容 |
|---|---|
| 仕事 | 始業から終業まで。恒常的な残業も含める |
| 休憩 | 自由に使いにくい昼休みなど |
| 通勤 | 自宅を出て職場へ着くまで。帰りも同様 |
| 余裕 | 遅延や混雑を見込んで早く出た分 |
| 待ち | 日常的な乗換・バス待ち |
在宅勤務の日は出社日と分けます。繁忙期に残業が増える場合は、通常月と繁忙月を分けます。こうすると、平均値を借りるより自分の実態に近い数字になります。
次に、1週間分の時間を、この先5年へ延ばします。目的は、この働き方を続けたとき、生活からどの程度の時間を確保することになるのかをつかむことです。
年収の横に「時間」を置いてみる
時間が見えたら、今の仕事から得ているものと並べます。
- 年収と福利厚生
- 仕事内容と身につく経験
- キャリアの可能性
- 雇用の安定性
- 人間関係
- 家族の生活
- 今の住居を維持できること
計算したうえで「それでも今の会社がいい」と思うなら、それも一つの答えです。通勤に使う時間と、仕事から得ているものが自分のなかで釣り合っています。
釣り合いを調整したいときは、出社日数を相談する、時差出勤を使う、経路や乗換回数を見直すといった方法があります。次に求人を見るときは、勤務地やリモート勤務の有無に加えて、家を出てから帰宅するまでの時間で比べます。
転職条件まで整理するときは、40代の転職で同じ失敗をしないための進め方に、応募前から確認する順番をまとめています。働く場所そのものを見直す場合は、リモート勤務を転職条件にするときの確認項目も参考にしてください。
これから使う時間は選び直せる
これまでの通勤経験は、これからの働き方を選ぶ材料に変えられます。
「通勤に人生8年」という数字を、自分の出社日数と通勤時間に置き換える。さらに、乗換案内には出ない余裕時間や待ち時間も加える。そこで初めて、その仕事が生活から本当は何時間を必要としているのかが見えてきます。
次に仕事を選ぶとき、年収の横に「時間」も置く。
私は、この物差しを持って次の働き方を選びます。
出典・参考資料
- Yahoo!ニュース(BUSINESS INSIDER JAPAN)「神奈川県民の生涯通勤時間は『8年分の労働時間』に匹敵」
- スキルアップ研究所「通勤時間の生涯コストに関する試算レポート」
- 総務省統計局「令和3年社会生活基本調査 生活時間及び生活行動に関する結果」
- Evans, Wener & Phillips(2002)The Morning Rush Hour: Predictability and Commuter Stress
- Haviv-Witman, Pindek & Shen(2026)It’s not just about time, It’s also about predictability

コメント